使徒's

広く。浅く。多様な視点から・・

「America Great Again」の目指す雇用は取り戻せるのか?

トランプ米大統領の驚くべき大統領令の連発や数々の暴言にも関わらず、支持の大幅な減少には繋がっていません。

彼の「アメリカの雇用を取り戻す」という公言に対する期待が支持を集めているわけですが、彼の打ち出している保護主義的政策によって支持者の望む雇用の姿に戻るかどうかははなはだ疑問です。

[不満は雇用状況の変化にある]
そもそも現在の失業率は5.0%を切る低水準でほぼ完全雇用に近い状況です。経済状況は良好だと考えられます。
下記の全米・失業率ランキングマップ(郡別)を見ても、むしろ反トランプが多数を占める地域のほうが失業率が高いように感じます。

http://us-ranking.jpn.org/map/BLSUnemployment2012PerLF-Counties.png

引用元(http://us-ranking.jpn.org/BLSUnemployment2012PerLF.html)

これから考えるにトランプ支持者の不満は「雇用の数量的な不足」ではないことがわかります。
それは「雇用の変化や質」の変化に対する先の見えない希望の無さにあるのではないかということです。

何が問題なのか。
私は自由貿易グローバリズムの側にあって立場が違うのですが、トランプ支持者の問題意識に沿って考えて見ます。

[歓迎されない雇用拡大]

アメリカ国内の小売業の大手Sears、Macy's、Kmartsが相次いで企業存続が危ぶまれるほどに大幅な店舗閉鎖、雇用削減を計画していることが報じられています。

jp.wsj.com

この最大の原因はAmazon等のECの伸張のあおりであることは間違いないでしょう。
Amazonの根底にあるものは物流センターの「Amazon Robotics」、ドローン配送、実験店舗「Amazon Go」などが示すように、流通の合理化・省力化・無人化です。
Amazonの事業展開は単にECに留まらず、既にロジスティクスを中心に考えられているのでしょう。
ECも実店舗もAmazonからすれば「Amazon Dash Button」と同じようなもので、消費者とのひとつのインターフェイスに過ぎないのでしょう。

さて、Amazonは向こう1年半で10万人のフルタイム雇用者を増やすと先月に発表しました。
そのAmazonの雇用拡大姿勢は労働者層の望む方向とは逆行しているのではないかという疑問があります。
それはAmazonが一人雇用するとその周辺で数倍の人が失業すると言われるような、徹底した合理化方針にあります。

[現在の雇用状況は適化による結果]
トランプ氏が選出されてからというもの、規制撤廃・財政拡大・法人税大幅減税などの大胆な政策への期待が高まっていて、市場は上昇拡大を続けています。
ただしそれでもなお各企業の人員整理は止まる兆しは見えず着実に進んでいるようです。
それは上記Searsのような業績悪化によるものだけに留まらず、生産を国内回帰させると公言している業種にも及んでいます。

www.cnn.co.jp

企業には「アメリカファースト」と同様に「自社ファースト」という公言できない原則があるわけですから、社会状況の変化に応じて雇用を最適化しようとするのは企業論理としては相当です。
ある企業が難民を1万人雇うとすれば当該国で同程度の解雇もあるだろうと想像するのは(市場が急拡大するわけではありませんから)不自然ではありません。
リストラクチャリングの一環として人件費を下げるために難民を雇うのだとする見方もあるでしょう。
いずれにせよ、難民を1万人雇うことを賞賛するのもお人好しなのかもしれませんし、解雇に憤るのもお門違いなのかもしれません。

社会から求められているものに応じることで企業は対価を得ますし、最も社会に適応した企業が成長していきます。
経済の拡大に関わらず雇用が悪化するのならば、それは社会状況に雇用が適化してきた結果を示すものだと考えます。
その改善策として企業に変化を求める(アメリカ国内に生産拠点を移すように求める等)よりも、おおもとの社会状況を変える事を模索するほうが前向きな姿勢だと思います。

[変化への適応に対するボトルネック
こちらに興味深い考察があります。

jp.techcrunch.com

私自身は概ねとしてはこの見方は理解しますが、プラス面と同様にあると思われるマイナス面について言及されていないのは片手落ちに感じます。

記事中に指摘されているように人々が成熟産業から成長産業へとスムーズに移転できるように考えるのは正しいのですが、人間は個の立場からはその合理性をしばしば拒絶します。
これから長い人生を考えなければならないような若い世代にとってはまだハードルが低いでしょうが、もう先がそれほど長くないベテラン労働者が他の産業へ移動して一から新人として再スタートするにはハードルが高すぎるのです。
長年にわたって築いてきたものを全て捨てる勇気、それまでの仕事を通じて得た誇りやプライド、さらに自己への存在価値の問いかけなどが経済の合理性を否定するわけです。
人間の個々の不合理性の集合が社会全体の合理性と対立するわけで、経済的には正しくても政治的には正しいとは限りません。

近年の社会変化の加速度合いは人間が個として対応するには急激すぎるように感じます。
変化に対応する能力や余裕のある人々が、それらが不足する人々の存在を置き去りにしてきたことがアメリカの約半数の人々を追い詰める結果となり猛烈な反発を招いているわけです。
30~40年ほどの年月を費やせば労働者世代のOSが総入れ替えになって解決するのでしょうが、とりあえずの方策としては急激な変化の影響を緩和するという形が政治的には社会の分裂を招かないと思われます。

[テクノロジーと雇用の関係]
記事中の
「この25年以上に渡って事実上すべての新しい民間の雇用は、創業5年未満の企業によって生み出されている。」
「実際、1988年から2011年の間に、創業5年以上の古い企業は、8年分を除けば破壊した雇用の数が創出した雇用の数を上回っている」
は特に変わったことを言っているわけではありません。
古い企業=古い業種と考えられますし、そのような業種は雇用はほぼ飽和状態にあると想像できるからです。
新しい企業は新品のスポンジのように古い企業から雇用を吸収しているわけですね。
そして古い企業の雇用破壊に関するテクノロジー産業の影響も考慮されていません。
それは「市場の変化によるものだ」との指摘には同意しますが、先ほどのAmazonの雇用拡大と同じ構図なんだろうなと考えます。

ただしそれでもテクノロジーは人類を豊かにしてきたのは間違いありません。
それは製造業に限りません。
数十年前は人口の急激な増加から食料不足の時代が来ると言われていましたが、実際には食料生産の伸びのほうが上回ることになりました。

http://www.hungerfree.net/cms/wp-content/uploads/2016/02/hunger_world_a.png


特に途上国の生産性向上が世界の豊かさの増大に貢献しているものと思われます。

[生産性の向上が労働環境を相対的に下げる?]
これまで企業は生産性の向上を追求することで利潤を上げ納税義務を果たしてきました。
労働者の生産性で考えれば、より付加価値の高い製品やサービスを生み出すことです。

労働生産性を上げる単純な方法として「値上げ」がありますが、それと同じように一方では「経費の削減」という方法もあります。
ほとんどの企業にとって人件費は経費の多くを占めますのでその人件費をいかに削減するかが常に経営上の課題となります。
それは絶対的な削減とは限らずしばしば相対的にあらわれます。

Amazonの例で考えますとその職場環境が相対的に考えて過酷であることはNYTにても報じられています。

irorio.jp

(リンク先にNYT英文の原文へのリンクあり)

[生産性の追及とは別の価値観が求められている]
生産性の向上はマクロで見れば豊かさとなって寄与するのでしょうが、問題はその豊かさが偏在することです。
ロボテックス化、AI化といった技術革新の進展は、豊かさの恩恵を受ける労働者と豊かさに与れない労働者とに分けていったのでしょう。

付加価値を高めるためのテクノロジーであれば歓迎されるのですが、それが人件費を削減する方向へと向かうようになれば雇用状況は相対的に悪化します。
人件費の安さを利用した自由貿易による悪影響よりも、テクノロジーが人件費を削減する目的として利用されることの悪影響のほうが大きいというのが結論ではないでしょうか。

もちろん「生産性を上げることで高い付加価値を生み出しそれを豊かさとして社会に還元していく」という経営側の価値観は否定されるものではありませんが、労働者の立場からすればそれとは別の価値観の確立も求められているのだと感じます。
その別の価値観を後押しするような社会のシステムがアメリカのように分裂した社会にとっては必要なわけです。
トランプ氏は近々法人税についての大胆な方向性を示すようですが、法人税を単純に一律減税するよりもその税制改革を労働者が求める価値観の並立のために利用すればどうかと思います。
打ち出しのイメージを「労働分配率重視」という形で表現することが出来ればさらに労働者の支持も増えることでしょう。

具体的な法人税改革についての私の考えもあるのですが、本稿が長くなりましたので次稿に分けて書こうと考えています。